![]() |
主 屋
| 主屋は南面を正門とし、桁行15.5メートル、柱間8.4メートル、建築面積130.2平方メートル、木造平屋建、平入である。屋根は桟瓦葺で切妻造。東面、南面、北面には桟瓦葺の下屋(げや)を設ける。とくに南面の下屋は、長い腕木を出して軒を深くし、雨に漏れない空間を多くしている。正面玄関廻りは、アルミサッシの建具に替わってはいるが、「ざしき」には、農家には珍しい格子を付けており、旧庄屋らしい構えをつくる。 平面は、縦食い違い五間取り。東側を、近年まで(昭和48年頃)通り土間としていた。東端の釜場を、風呂場と便所に改造している。また、うらにわ(土間)にDK(食堂兼台所)を新設しており、主屋で最も改造が目立つところである。 平面のおもて〔南側〕に東西三列の居室部、「だいどこ」(みなみざ)7.5畳、「ざしき」8畳、「ぶつま」4畳。うら(北側)に二列の居室部、「北だいどこ」(きたざ)、「なんど」を配し、これら5室を、縦の食い違いで配列している。 「ぶつま」はおもて妻側に配置され、断面の大きな差し鴨居をいれて小部屋を構成している。建具をはずすと各部屋が通して使えるようになっている。仏壇は、その設置状況から、当初は北側の「なんど」に置かれていて、立会所との通路を設置したおり、おもて座敷の床脇に移設し、仏間を設けたとも考えられる。 現在は「なんど」の北端を、蔵まで延長し部屋とし、縁側で女子部屋と繋げている。 南側の下屋部分は、今は立会所と連絡する廊下となっている。 「ざしき」、「北だいどこ」、「しもべや」などの間仕切り建具に、帯板戸、小障子板戸が見られ、また「ざしき」の鴨居に槍架けが残るなど、往時が偲ばれる。また玄関入口脇に、電話室があり大正時代に設置され、本郷では最初の電話と言われている。 上屋の小屋組は、おだち組(束組)となっており、近畿地方には多く見られる。梁の上に長さ約2.5メートルほどの棟束を立て、その上に棟木を置き垂木を配る古来の構法で、茅葺き屋根の小屋組である。くだり竹(垂木)の長さに限界があるため、下屋を設けて床面積を広げている。 その屋根裏を、つし(厨子)としており、屋根裏部屋が二室造られている。平屋建であるが屋根裏に、茅草や雑物を収納していた。くち土間に置かれた梯子によって、出入りしている。「なんど」上には、朱色の長持ちが数個置かれていて貴重品の収納場所として使用していた。西端下屋の中央部、立会所側から上がっている。 基礎は、土台入り玉石基礎となっている。 |
![]() |
|
![]() |
||
![]() |